既に結婚をしている、あるいは予定があるという人が見ているはずのぷちばけだが、もしかするとまだこれからという人もいるのかも知れないので今回は敢えてそんな事を記事にしてみよう。
シアワセなウェディングを終えると夫婦は長い共同生活に入る。仮に30歳で結婚したとして90歳まで生きるとしたら60年間を共にすることになる。
冷静に考えると60年って、結構長くないか?
「創業から60年、ずっとつぎたして来た秘伝のタレを・・。」とか言われたら衛生問題は気になるものの絶対に美味しいし、「こちらの物件は築60年です。」と言われたら絶対に購入しないし住みたくない。とにかく「60年」ってもの凄く「絶対的」だ。
1年365日を60回くりかえす。つまり約2万日。
2万日!!今までの人生だって1万日しか生きていないのに!?
とにもかくにも、この長い長い日々を共に歩む相手を今あなたは迎えようとしている。人生を3分の1しか生きていないあなたが残りの3分の2を共に過ごす相手を決めたのだ。その決心は素晴らしい。
さあ、2万日のスタートだ。
2万日あれば何が出来る?
ここまでで「そっか、後2万日かー。あの時と同じだな。」という人は少なくとも今60歳の人だ。おそらくだけどぷちばけのブログ見ている人にはいないと思う。
1日1枚ずつ1円玉を積み上げると死ぬまでには地上6階建てのビルに届く。
1日1kmウォーキングする習慣があるなら死ぬまでにはブラジルに到着する距離を歩くことが出来る。
1日100円ずつ貯金したら死ぬまでには200万円貯まっているのでそこそこ豪華な葬式が出来る。
スキル的なことだとどうだろう?
一日10分ピアノの練習を2万日やったら?
一日10分腕立て伏せをやったら?
おそらく60年後モーツァルトのトルコ行進曲を弾くあなたのその腕はバッキバキのガッチガチだ。
そして、きっとテレビの取材がくるだろう。
「難易度マックスのピアノ曲を弾く、マッチョなおばあちゃんは90歳!」とかなんとか言いながら。
日常生活2万日
あなたが必ず毎日することは何だろう?
何も考えず楽しくもなく苦しくもなく「今日はさぼっちゃおうかな。」というものがない事の代表といえば「歯磨き」だろう。
無茶苦茶泥酔して帰った日くらいはそのまま寝てしまうこともあるが、ちょっと酔ってるくらいなら絶対に歯磨きをして寝るはずだ。
一回の歯磨き粉の量はだいだい0.3グラム。仮に朝と晩だけだったとしても一日に0.6グラム、死ぬまでに12kgの歯磨き粉を消費する。12kgというと大したことない?
では時間にするとどうだろう。推奨される歯磨き時間は10分だそうだ。つまり死ぬまでに3,333時間歯磨きをしていることになる。あなたの時給が1,200円だとすると約400万円かけていることになる。金額にすると結構な投資になる。
歯磨きと並んで、毎日やることの代表格である入浴に置き換えるどうなるだろう。毎日浴槽の水を入れ替えるとしたら200ℓ×2万回で400万ℓ、水道代にすると約70万円。一日30分入るとしたら約1万時間これまた時給に換算するとなんと約1千万円(超ざっくり計算です。)
歯磨きと入浴で1400万円!!
日常生活の何に置き換えても2万日という数字を掛けると必ず「絶対的」になってしまうのだ。
マイナスなことも2万回
さて、ここからがあなたの決心を揺るがす事実だ。
マリッジブルーの記事でストレスについて書いたことがある。
ストレスには点数がついており、
例えば
配偶者の死 83点
会社の倒産 74点
というように心理的負担が大きい順にならんでいる。
点数の低いものを見ても
食習慣の変化15点
休暇 13点
もある。
どの表にも出てこないが例えば、「部屋の掃除する時に段差があって隙間の埃がとれにくい」という項目が0.005点だとする。
あなたが毎日掃除するとしたら、やはりそれは2万回起きる。つまり60年経つと100点以上。配偶者の死という最もストレスのかかる事象をかるく超えてしまうのだ。
※単純な掛け算では測れないのであくまでも例え話と考えてほしい。
恐ろしいことに、この0.005点クラスのストレスを与える事象(ストレッサー)は、日常生活に溢れている。
お部屋探しの記事でも触れていたと思うが例えば「ゴミ捨て場所が遠い」や「スーパーに行く途中に坂道がある。」などもこのストレッサーといえる。
これは結婚生活をしてなくても受けるストレッサーだ。
さて、結婚生活とは彼(彼女)との共同生活なのはいうまでもない。そして、彼(彼女)は常にあなたのストレスを癒してくれる存在だろうか?
60年後「私は彼といるとリラックスし続けられるんです。」と言えるだろうか?
そう、結婚生活においてあなたのパートナーはあなたにとってストレッサーであることの方が多いのだ。
夫婦で投げ合うストレス合戦
『もうすぐ仕事終わるよ。今日の晩御飯楽しみ♥』
『今日はカレーだよ。待ってるね♥』
なんてlineのやりとりしてから1時間…。彼はまだ帰って来ない。通勤時間は30分だからそろそろ帰ってくるはず。
『今どこー?』
未読…。
あなたはカレーを温め直そうかどうしようかを考えなくてはならない。
最初のlineから2時間後、彼がようやく帰ってきた。
「ただいまー。ごめん、ごめん、帰りがけに課長につかまっちゃってさー。」
「ううん、お帰り。カレーちょっと温め直すね。」
カレーなべを火にかけながらあなたは『電車の中でもlineくらいで来るだろっ!』と思っている。
「さあ、温めなおしたよ。たべよう。」
「ああ、美味しそうだ。頂きます!」
彼はスプーンを右手にテレビのリモコンを左手に持っている。
「お、タイガース勝ってるじゃん!」
かれは、筋金入りの虎キチ(阪神タイガースファンの総称)だ。
「今日のカレーは2時間もかけて煮込んだんだよ。どう?」
「あ、うん。うまい、うまい。」
彼の目線は貴女が彩りを考えて入れたアスパラ(後乗せ)やちょっと手間をかけた半熟卵(こちらももちろん後乗せ)ではなく、2軍落ちから奇跡の復活を果たしたあの選手の代打シーンにくぎ付けだ。
あなたは『あのさ、ご飯たべる時は、テレビ見なくてよくない?』という言葉を飲み込んでいる。
はい、このシーン!貴女のストレス何点だろうか?
これ、0.05点くらいじゃなだろうか?知らんけど。
そして毎日じゃなくても週一回くらいありそうではないか?
週一回ということは、ざっくり3,000回あるので150点!!
一方であなたが彼に「ご飯の時はナイター禁止」と発令し、彼がしぶしぶそれを認めた場合、あなたにかかっていた0.05点のストレスはそっくりそのまま彼にのしかかる。(ような気がする。)
もはやタイガースを恨むしかない。
食習慣の違い
夫婦生活で最も時間を共有する事って何だろうか?
同じベッドで寝ているなら睡眠と言えるがその大半は意識がないので除外するとしたら、やはり食事だろう。
朝・晩の食事は夫婦や家族にとって大切なコミュニケーションの時間だ。
しかし、これほど育ってきた家庭環境によって違いが出る習慣もない。
前述の例でいえば、貴女は『食事中はテレビを見ない』家庭で育ち、彼は『夜ご飯のお供はタイガース』という家庭で育った。
(彼は決してあなたのカレーを適当に食べているわけではなく、恐らくだが明日会社に行って同僚に「うちの奥さんのカレー、めちゃくちゃウマいんだよー。」とのろけているはずだ。たぶん…。)
この食習慣の違いというのは本当に侮れない。
カレーにソース?カレーに醤油?
たこ焼きは主食?おやつ?
くらいならわかりやすくて、その度に二人で言い合い笑えるが、食習慣の違いとはそういう事ではない。
例えば、
ご飯は静かに食べる?ご飯は賑やかに食べる?
おかずは一人ずつ分けて出す?おかずは大皿を皆でつつく?
特に2番目の項目って、もし相手が違うスタイルでも指摘しにくい。
「悪いけど、おかずはお皿分けてだしてよ。」と言っても「何で?」って言われたら言い返しようがない。理由なんてない、しいて言うなら気になるからだ。
他の人からすれば「え?そんなこと?」という相手に指摘のしようがない食習慣って結構ないだろうか?
大皿か小分けかというストレスが仮に0,001点だとしても2万日という絶対的な数字をかけると20点にも30点にもなるのは前述した通りだ。
加算されるばかりではない
日常の細かなストレスを加算していけば、2万日の間に3千点とかへたすると5千点とかになってしまう。
配偶者の死ですら83点なのに、普通はそんなストレスを抱えたら生きていけない。
だが世の中には60年連れ添った夫婦なんて星の数ほどいるのだ。
それらの人々が特別なのかというとそうではない。
ストレスは解消することが出来るのだ。
0.0005点のストレスが100個あったとしても解消してしまえばよいのだ。
「あー、やっぱりお前のカレーは最高だな!お代わり!!」
と彼があなたに満面の笑みでお皿を突き出した瞬間、あなたのストレス0.05点は消滅する。
「あー、この選手、前にホームラン打ったよねー。」
と食事後ようやくナイターにありついた彼の横で野球のルールすら知らないあなたがそんな事を言ったら彼のストレス0.05点は消滅する。
もちろん、人間の心は計算機ではないのできれいさっぱりゼロになったりはしないのであくまでもイメージとしてとらえてほしい。
さらにはお代わりをした彼が食後の洗い物を進んで行ってくれたうえに「忙しかっただろ?後は俺がやるからゆっくりしてなよ。」などと言ってくれたらストレスはきれいさっぱりなくなって、何なら貯金が出来そうだが残念ながらこのハッピーな感じは貯金が出来ない。翌日また同じ事が起きた時に「昨日は食器洗いまでしてくれたらからOK」とはならずストレス0.05点はしっかり加算される。「あー、やっぱりお前の焼きそばは最高だな!お代わり!」と言われるとストレスはもちろん解消するが昨日も同じ方法だったのできれいさっぱりとはいかない。
書いてるうちにわけわからんことになってきたが、つまりは夫婦というのはとてつもない長い期間、細かいストレスを投げ合い、緩和し合うという不思議な作業をしているのだ。
夫婦で実践するストレスの緩和
夫婦の間にはストレスがあることが分かったと思う。
2万日という気が遠くなるような日を共に過ごし切るにはそのストレスが少ない方がうまくいくに決まっている。
マリッジブルー同様、ストレスなら解消すればよい。
まずおススメは「相手を誉める」ことだ。
一日一回誉める所を探すのだ。かなり難しいことに気付くだろう。なので長々とほめる必要はない短い単語で簡潔に。
「え、ゴミ捨てしてくれるの?さすが気遣いの人ね。」
「お、カレーに温玉乗ってるじゃん。よっ、料理上手!」
たったの一日一回でよいのだ。
誉めるという行為は誉められた相手が喜ぶ顔を見ると誉めた側も嬉しくなるという相乗効果があるので、自分のためにも相手を褒めた方がよい。
また、「誉めて伸ばす」という教育方法は実に理にかなっている。
私の友人の娘の話をしよう。
その子の名前を仮にマリちゃんとしよう。
マリちゃんは4歳だ。とても活発で大人相手でも物怖じしない仲間内ではムードメーカーとして皆に可愛がられている。
だが、マリちゃんはお世辞にも美人とは言えない。いや友人に怒られるのを覚悟でいえば、はっきり言うと不細工だ。(すまん。)
先日仲間内でとある河原にBBQに行った。もちろんマリちゃんも参加だ。
焼き係も落ち着いてビールを飲みはじめた私の横にマリちゃんはペタっと座り私を見上げて言った。
「最近悩んでいるんだよね。私。」
マリちゃんは4歳児である。物憂げに遠くを見つめながら。しつこいがマリちゃんは4歳児である。
よく聞けば幼稚園で二人の男の子に告白されていて選べないという、ほほえましいのか末オソロシイのか分からない相談だ。
そうなのだ。マリちゃんはモテる。はっきりいってモテる。同じ年頃の男の子たちは皆マリちゃんに夢中だ。
友人の息子達がBBQ中にマリちゃんに何かと献上している。
「マリ。こんなの落ちてたよ。」と謎の木の実を見せる子。
「俺、セミ捕まえたぜ。」と手をセミの小便だらけにして自慢する子。
マリちゃんは少し大きな岩の上でまるで女王様状態だ。
長くなったが、何故不細工なマリちゃんがこんなにモテるのか?答えは私の何気ない一言でわかった。
「マリちゃんはカワイイねー。」
私はマリちゃんの今日の服装を褒めたのだが、マリちゃんはにっこり笑って言った。
「うん、マリ。可愛いもの!」
感服しました。どんな女優やアイドルもそこまで自分を肯定しないのでは?というくらい満面の笑み。
そう、マリちゃんの両親はマリちゃんの顔を見る度に「マリはカワイイねえ。」「天使みたいだねえ。」と言い続けている。
マリちゃんの中では「マリはカワイイ。」ということは事実であり、ついには「私はカワイイ。」というオーラを回りに発しているのだ。
誉めるという究極はそういうことなのだ。
あなたが彼に「本当に仕事が出来るねえ。」と2万日言い続けたら?
毎朝あなたが彼女に「いつもきれいだねえ。」と2万日言い続けたら?
ひとつ注意しておこう。
これはネガティブな発言でも同じ効果が生まれる。
とても美人な女の子に「お前は不細工だ!」と言い続ければ、間違いなくその子は不細工になっていくのだ。
くっつくの大事!
心にもないことを言って相手を褒めてなんてもっとストレスたまりそうというあなたにおススメすることは、「相手とくっつく」ということだ。
これは生物学的な話だが哺乳類というのは単独行動をしない。これは同じ種で共生し子孫を残すという本能に従っている。人間とて例外ではない。
逆に言えば一人で生きている人はそれだけでストレスがたまるのだ。
昨今は「引きこもり」という人種が増えており、SNSなどを利用し生計を立てることの出来た一部の人達の活躍により何やら引きこもりが市民権を得はじめているようだが、生物の摂理から考えるとそれらの人は何かしらのストレスを抱えている可能性がある。
※インターネットを通じたコミュニケーションが集団生活で得る安心感などの代替になるかはさだかではない。
集団で生活することを是とする生き物は生き物同士がくっついていると安心するように出来ている。
ちなみに「結婚生活ン十年、旦那なんて触りたくもないワ。」なんて奥様がいるが、これは大袈裟に言うと長年ため込んだストレスにより生物として何かが壊れてしまった結果だ。
というわけで、集団生活の最小単位である夫婦なのだからその立場をしっかり利用して「触れ合って」いるだけでストレスを緩和してみてはどうか?
もちろん、しっかり抱き合うととても安心感がありストレス緩和の効果は高いのだが、新婚生活を過ぎると中々その機会はないかも知れないし、前述した奥様の一歩手前くらいまでいっちゃってるとかなり難しい。
注目するべき部位は「二の腕」だ。
急に?と思うかも知れないが、例えば、あなたが心細くなった時、ふと自分の二の腕を両手で抱きしめてしまうことはないだろうか?
また、急に「危ない!!」と言われたら同じような恰好をしてしまわないだろうか?
正確に言えば二の腕を含めた体の横側なのだが、この横側というやつは常に自分には見えない状態で無防備に外を向いており(同様に背中もそうなのだが、背中には重要な器官が集中しており見えなくても常に警戒出来るのが体の仕組みだ。)、常に緊張している状態だ。
つまりこの体の横側に触れられることによって緊張がほぐれてストレスが緩和出来るのだ。
「よ、料理上手!」と彼に褒められた時、「何言ってんのよ。」なんて肩で彼の二の腕に突っ込む。これくらいなら「旦那なんて触りたくも…。」という奥様にも出来るのではないだろうか?
注意を一ついっておくと、これは夫婦や家族、仲の良い友人などでないと成立しない。それより遠い関係の相手にこれをやると逆に「警戒」されてしまい、「馴れ馴れしい」とか「キモい。」とか言われた挙句「セクハラ」とかにも成りかねない。
長年連れ添った夫婦が離婚する時に「言葉にしてくれなきゃわからない。」「言わなくてもわかってるだろうと思っていた。」という、言葉によるコミュニケーション不足をお互いに詰り合うという場面はよく聞く話だが「言葉」に頼らなくてもある程度のストレスを緩和出来るのだから、この肩を触れ合わせるという行為はあなどれない。
まとめ
ここまで書いたが別にそんなことをしなくても、仲睦まじく連れ添っている夫婦は沢山いる。
また、70億分の1というとんでもない奇跡でめぐり合ったあなたとあなたのパートナーにとって必要のない事だったかも知れない。
だが、そんな二人でも「誉め合う」と「触れ合う」という行為は、少なくとも「けなし合う」と「避け合う」よりは絶対にいい。
偉そうに書いたが、「毎日そんなこと出来るかーい。それの方がストレスだわ!」と言う声が聞こえてきそうなので、まあ、無理のない範囲で…。
あ、あと、急にやると「こいつ、何か隠し事してやがるな。」とか「保険金目当てか?」などとあらぬ疑いをかけられる恐れがあるので注意して欲しい。
全てのカップルがこの長くて苦しい素敵な2万日を無事に過ごせることを願ってやまない。
うーむ。2万日…めんどくさっ!!