こんにちは!
毎晩ウォーキングを数km、
寝る前にはストレッチ、
大好きな甘い物も控え、
友人からの飲みの誘いも断って
ようやく手に入れたその体。
買ったばかりの
ワンサイズ小さい服を着て
鏡の前で
ファッションショー。
それ、間違えてます!
そもそもですが
あなたはまだ痩せて
いないかも知れません。
ナニソレ?
今日は体型とは関係ない
心のデブというお話。
デブという言葉

ルッキズムだなんだと
ウルサイ現代、
消えつつあるデブという言葉。
確かに語感も字ズラも
言われた人の尊厳を根こそぎ
奪ってしまいそうな言葉です。
実際に太っている人が
「デブはだまっとけ!」
と言われると
何も言う事が
出来なくなるくらい暴力的です。
語源は諸説ありますが
まずは日本語が元から
太っている様を
でぶでぶしているとか
でっぷりしているとか
言っていたからという説。
もう一つは
英語で太っていて
二重アゴになっている人を
ダブルチンと言うスラングが
元になっているという説。
デブチンってことですね。
いずれにしても
やっぱりひどい言葉です。
小さくなろうとする人

さて、ちょっと太めの人の多くは
自分が他人からどう見えるかを
自覚しています。
故に、公共の場において
なるべく小さくあろうとします。
私の友人で
大分大きな人がいますが
彼はどれだけ電車がすいてても
決して座席には座らず、
なるべく端っこに
立つようにしています。
大きな人が
小さくなろうとする姿は
少し滑稽にも見え、
「そこまでしなくても。」
と思うのですが、
私の周囲で彼を不快に
思う人はおりません。
幅を取る人

逆に、体型は普通でも
やたらと幅を取る人がいます。
電車の座席で
パカッっと大股を広げて
座る人や足を組む人。
エスカレータで
後ろが詰まっているにも関わらず
どちらかに寄らない人や
寄ってはいるが
荷物がはみ出ている人。
往来の多い歩道で
自転車を横向きに止め、
流れをせき止めるように
会話にいそしむママたち。
細い歩道ですれ違う人がいるのに
横並びで歩く人や
手をつないだままのカップル。
これらの人は
体型こそ細身や普通でも
幅の取り方たるや
まるでレスラーか力士が
そこにいるかのようです。
そうこれこそが心のデブ。
気付いていない人

さて、前述の人達が悪意を持って
そうしているかというと
そうではありません。
自分が他人様の
邪魔になっていることに
気が付いていないだけです。
これは彼等彼女等の両親の
しつけが悪かったとしか
言いようがありません。
そもそも
「ここは天下の往来ぞ、
何をするのも個人の自由じゃ。」
という考えなわけです。
確かに、
路上で踊ろうが、
電車の座席で横になって寝ようが
自由である権利は
認められています。
それらに罰則を与える
法律はありません。
日本人らしく

江戸時代、
当時世界でも有数の
100万人都市であった
江戸の街に暮らす人々は
いまより細い往来を
行き来していました。
その為、雨の日にすれ違う歳は
双方外側に傘を倒す傘かしげ。
隣に誰かが座る時は
よける必要がなくても
こぶし半分腰浮かせ。
など、
気遣いの仕草が存在していました。
これらは日本人らしい
奥ゆかしさだけでなく、
文化の違う地方から
人が集まる江戸の街で
お互いにトラブルを避けるための
生活の知恵でもあったのです。
現代だからこそ

私たち日本人にとって
当たり前である
行儀よく並ぶことや
電車では降りる人を優先し、
電車内では通話をせず、
優先席は老人や妊婦、
身体の不自由な人に譲るということ。
それらは日本が世界に
誇れる宝物で、
世界中の人に
見習ってほしい文化です。
現代の東京には
世界各国から
様々な国の人が訪れ、
住み、暮らしています。
彼等はそんな日本人の仕草に驚き
「素晴らしい!」と
称賛し真似をしようとします。
そんな今だからこそ
心のデブをやめるべきなのです。
数十年前のこと。
世界最先端の
ウェディングが見たいと
ニューヨークに
渡ったことがあります。
確かに素晴らしい
センスやアイデアはありましたが、
ホスピタリティや
細部にわたるまでの気遣いは
日本の足元にも及ばない
稚拙なものでした。
私たちは元々持っている
誇るべき何かを
失いかけているのかも知れません。
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他人に気遣い出来る人は
自分に余裕がある人です。
ご自身の身体や心の
状態を把握しておくことは
その第一歩と言えるでしょう。
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